郷土資料ミニ展示コーナー No.16

山内曲川(やまのうちきょくせん)短冊

山内曲川は、文化14年(1817)に松江の天神町に生まれました。本名を嘉一郎といい、曲川のほかに、沙窓、茶窓、鼎室、月之坊曲川、蛙石坊など多くの号があります。
松江で骨董商を営み、商売の傍ら茶道や俳諧を学んでいましたが、俳諧の道を極めるため31才の時に突然松江を旅立ち、京都に向かいます。
さらにより深い俳諧の道を目指し江戸に出た曲川は、江戸俳人の間でもその名を知られるようになり、門人が集まるようになりました。
松尾芭蕉の足跡を辿って奥羽行脚に出た後、安政6年(1859)に故郷に戻り、本家山内家の2階に住み、俳諧と茶の湯を松江の人々に教えました。
晩年には普門院に芭蕉堂を建て、全龍寺に句碑も建てています。松江市内ではいくつかの曲川の句碑がみられます。
今回は、山内曲川直筆の短冊を展示しています。

 

参考文献
「出雲俳壇の人々」だるま堂書店刊
「島根県歴史人物事典」山陰中央新報社刊

郷土資料ミニ展示コーナー No.15

雲州松平家年譜

雲州松平家は、1638年(寛永15年)に初代の直政公が入封してから幕末まで、10代にわたって松江藩の藩主を務めた家です。島根県立図書館では第9代の藩主齊齋(なりよし)公が収集した洋学書(雲藩文庫)や、松平家の第13代当主であった直亮(なおあき)氏より寄贈された約2500冊の歴史書を中心とした資料を所蔵していますが、このたび松平家より新たに家譜や系図、歴代藩主の年譜など43点の資料を寄贈していただきました。
松江藩の藩主の記録としては「藩祖御事蹟」「松平不昧伝」「松平定安公伝」などが出版されていますが、その他の藩主については伝記資料が少なく、今後の松江藩や松平家の研究に役立つ資料となります。
今回は第7代と第8代藩主の年譜を展示しています。

郷土資料ミニ展示コーナー No.14

絵はがきで見る明治・大正・昭和(施設・建物編)

明治33年(1900)に私製はがきの使用が公的に認められ、明治後半から昭和の前半にかけて、たくさんの絵はがきが発行され使われました。
現在の絵はがきは観光地の土産や大きなイベント・展覧会などの記念品のイメージですが、当時は巷で起こった事件や事故、学校の遠足や運動会といった私的な催しなども絵はがきにされていました。
現代のように写真や映像などのビジュアル資料が当たり前ではなかった時代、絵はがきは当時の様子を知る貴重な資料の一つです。

今回は、県立図書館で所蔵している戦前の絵はがきの中から、建物や施設に関する絵はがきを展示しています。

  • 「島根県庁」
  • 「島根県美濃郡役所」
  • 「松江市公会堂」
  • 「大社漁港」
  • 「山陰電気株式会社」
  • 「三江線」
  • 「木次線」
  • 「島根県立益田農林学校」
  • 「島根県立水産学校」
  • 「島根県立松江高等女学校」
  • 「松江市立高等家政女学校」