県立図書館の2階・郷土資料室に「ミニ展示コーナー」があります。
島根県に関する貴重で珍しい資料をご紹介しています。

郷土資料ミニ展示コーナー No.39

「独楽窩集」と「芝山寿醼詩集」

「独楽窩集」(どくらくかしゅう)

明治13(1880)、12代木幡久右衛門梅屋が、山荘(現在の木幡山荘、独楽窩と呼ばれた)を訪れた文人墨客の歌詞を年次をおって編集している。

主な訪問者:京都の貫名溝屋。豊後の人・広瀬旭荘。大社の歌人・島重老。津和野の人・野々口(大国)隆正。松江藩儒臣・雨森精翁。田能村直入。

参考:「宍道を訪れた旅人伝(宍道町ふるさと文庫 10)」宍道町教育委員会発行

「芝山寿醼詩集」(しばやまじゅえんししゅう)

大正15(1926)、若槻克堂(礼次郎)の還暦祝賀詩会が、東京芝紅葉館で開催され、それを記念して作られた漢詩集。若槻は松江にあった漢詩結社、剪淞吟社(せんしょうぎんしゃ)の名誉会員だった。

主な寄稿者:渡部桃蹊(寛一郎)、高橋菊径(義比)、村上琴屋(寿夫)、山口松陵(宗義)。山口宗義氏は、松江出身、大蔵省、日本銀行等財界で重きをなす。本書は、山口氏から昭和5年に島根県に寄贈された蔵書群の中の1冊。

参考:「山陰の近代漢詩」山陰の近代漢詩刊行会発行

この2冊は、島根県立図書館郷土資料室で、デジタル化資料をご覧いただけます。

(展示期間 令和4年4月1日~)

郷土資料ミニ展示コーナー No.38 ※終了しました

木次線の前身 簸上鉄道

大正5年(1916)10月11日、簸上鉄道は宍道駅と木次駅間を結び、運行を始めました。
往事を振り返る資料を2点展示します。

  • 簸上鉄道敷設趣意書:敷設趣意書、敷設費概算書、収支概算書、免許状及命令書、定款が、A2版両面に記載されている。
  • 簸上鉄道沿線案内:宍道から木次近辺の鳥瞰図と、沿線の名勝観光案内。

簸上鉄道・木次線関連資料リスト(PDF:123KB)
(展示期間 令和3年6月9日~令和4年3月10日)

郷土資料ミニ展示コーナー No.37 ※終了しました

日本書紀

『日本書紀』は、元正天皇の養老4年(720年)に完成したとされるわが国最初の勅撰国史(天皇の命で編修された国の歴史)。今年は編纂1300年にあたる。今回は神代の巻、延宝四年(1676年)刊本、享保十年(1725年)刊本、の2種を展示する。

(展示期間 令和2年2月5日~令和3年6月8日)

郷土資料ミニ展示コーナー No.36 ※終了しました

雲州餘彩

『雲州餘彩』(うんしゅうよさい)
 相見繁一/編、芸海社、2分冊、1922(大正11)年刊。
相見繁一(あいみしげかず)1874(明治7)年~1970(昭和45)年。松江出身の美術史学者。相見香雨(あいみこうう)として著名。本書は、松平家をはじめ当時出雲国内所在の優秀絵画を木版印刷した大部な豪華版で、当時出雲の旧蔵絵画を語る資料である。

(展示期間 令和元年8月1日~令和2年2月4日)

郷土資料ミニ展示コーナー No.35 ※終了しました

勉齋遺稿

山村勉齋(やまむらべんさい)1836(天保7)年~1907(明治40)年。広瀬藩儒および島根県師範学校講師をつとめた漢学者。広瀬藩校の教授を務め、廃藩置県後は広瀬に私立皇漢学修文館を開き、多くの師弟を教えた。本書は、門人の並河理二郎がまとめた。1919(大正8)年刊。

(展示期間 平成31年1月5日~令和元年7月31日)

郷土資料ミニ展示コーナー No.34 ※終了しました

島根県立図書

この資料は、現在の建物が昭和43年(1968年)10月に竣工した時のものです。県立図書館のあゆみ,県立図書館の機構,施設のあらまし,平面図、設計者菊竹清訓の言葉、など。

(展示期間 平成30年10月5日~平成30年12月27日)

郷土資料ミニ展示コーナー No.33 ※終了しました

松平雲州侯名物

松平家所蔵名物類を実写収録。大正8年(1919年)、日本陶磁協会から木版印刷。当館所蔵は、其一2冊、其二から六、其八各1冊(其七は欠)の合計8冊、帙入。

(展示期間 平成30年6月29日~平成30年10月3日

郷土資料ミニ展示コーナー No.32 ※終了しました

出雲稽古知今図説

松江の商人で歴史研究家の渡部彜(わたなべつね)が、出雲国を絵図と文章で解説したもの。天保年間成立。当館所蔵は明治14年写、折本一冊。

(展示期間 平成29年12月1日~平成30年6月17日)

※しまねデジタル百科でも公開しています。
しまねデジタル百科

郷土資料ミニ展示コーナー No.31 ※終了しました

古今名物類聚

茶の湯の名物道具を、図と文章により図録として集大成した本で、4巻18冊で構成されています。雲州七代松江藩主松平治郷(はるさと)が、陶斎尚古老人という名前で著したものです。
そのうち巻首より7冊を展示します。

(展示期間 平成29年2月2日~平成29年11月19日)

古今名物類聚その1古今名物類聚その2

郷土資料ミニ展示コーナー No.30 ※終了しました

為楽庵雪川発句集

松平雪川(まつだいら せっせん)は、雲州七代松江藩主松平治郷(はるさと)の実弟で、衍親(のぶちか)といい、号は為楽庵(いらくあん)、雪川はその俳号です。
雪川の没後、兄治郷(号不昧)が追悼して刊行したものです。
発句集は春夏秋冬と四季に分けて編んであります。

(展示期間 平成28年10月15日~平成29年2月1日)

為楽庵雪川発句集その1為楽庵雪川発句集その2

郷土資料ミニ展示コーナー No.29 ※終了しました

出雲国風土記

当館で所蔵する出雲国風土記を5種、
「しまねデジタル百科」で公開しました。
そのうち、中島家蔵本より2種を展示します。
(展示期間 平成28年5月10日~平成28年10月14日)


出雲国風土記 文化3写本 (中島家蔵)
出雲国風土記 文化14写本 (中島家蔵)

郷土資料ミニ展示コーナー No.28 ※終了しました

雲州松平家 家伝年譜

当館では、松江城藩主松平家に伝わる年譜を所蔵しています。
このたび、「しまねデジタル百科」で9名の藩主の年譜を公開しました。
全文ご覧いただけます。
これにあわせて、実物を数点ずつ展示しています。
実物と、デジタル画像と、あわせてご覧ください。


しまねデジタル百科

(展示期間 平成28年1月5日~5月8日)


綱隆年譜 全
吉透年譜 全 
宣維年譜 全

(展示期間 平成27年10月2日~12月27日)


綱近年譜 上・下
斉恒年譜 上~下
斉斎年譜 1~5

雲州松平家家伝年譜1雲州松平家家伝年譜2

(展示期間 平成27年7月20日~平成27年9月30日)

直政年譜 全
宗衍年譜 1~5
治郷年譜 1~4

雲州松平家家伝年譜3雲州松平家家伝年譜4

郷土資料 スポット展示 ※終了しました

松江城天守の国宝指定

5月15日(金)に開催された国の文化審議会において、松江市内に所在する重要文化財松江城天守を国宝(建造物)に指定するよう文部科学大臣に答申されました。松江城に関連する資料を展示しています。

関連URL 島根県報道発表 松江市 松江城天守の国宝指定について(外部サイト)

郷土資料ミニ展示コーナー No.27 ※終了しました

島村抱月から後藤宙外への葉書と手紙

展示品は、葉書17通と手紙7通、いずれも島村抱月(滝太郎)が後藤宙外(寅之助)に宛てたものです。
留学時にイギリスから送った絵葉書や、「芸術座」の封筒を用いた手紙があり、宛先も、後藤が勤めていた春陽堂や、福島の北会津、秋田の大曲のものなどがあります。
抱月と宙外、生涯に渡り交流があったことがうかがえます。

島村抱月

明治4(1871)年生 大正7(1918)年没。本名滝太郎。

島根県那賀郡久佐村(現浜田市金城町)出身。
東京専門学校(現早稲田大学)で、坪内逍遥らに文学、哲学を学んだのち、英独に留学生として渡ります。美術、英文学などの研究のほか、演劇研究に熱心に取り組み、帰国後は、逍遥らと「文芸協会」を発足させ、文壇で活躍するとともに、演劇研究所で指導講師として新劇に熱意を注ぎます。
文芸協会解散後、松井須磨子らと「芸術座」を組織し、海外の脚本を全国で上演しました。

後藤宙外

慶応2(1866)年生 昭和13(1938)年没。本名寅之助。

秋田県仙北郡払田村(現大仙市仙北町)出身。
地元で政治家を志していましたが、東京専門学校文科に入学、島村抱月と同窓となります。
卒業後、作家として文壇に認められ、「早稲田文学」や春陽堂の「新小説」などの雑誌編集者として活躍します。その間、閑地で読書思索をするため、猪苗代湖畔に暮らし、上京しながら編集の仕事をするという生活を始め、6年間つづけています。
後には、秋田の新聞社社長、六郷町(現秋田県美郷町)の町長、郷土史、考古学の研究でも活躍しました。

郷土資料ミニ展示コーナー No.26 ※終了しました

松江藩の軍艦 八雲丸

八雲丸は、松江藩が文久二年(1862)に購入した最新鋭の蒸気機関を備えた軍艦です。当時を振り返ると、文久二年には生麦事件、イギリス公使館焼き討ち事件、文久三年(1863)には長州藩による米・仏・蘭船への砲撃、薩摩藩では薩英戦争など、日本と外国との緊張が高まった幕末の動乱期にあたります。各藩が軍備増強を急ぐなかで、松江藩は早い時期に軍艦を購入することができ、十代藩主松平定安公の卓見に対して高い評価がなされています。
八雲丸は、藩用としてのほか、官船として他藩のために活動したとの記録が残っています。

郷土資料特別展示

山陰地域の大鳥瞰図展

鳥瞰図とは、上空から斜めに見下ろしたような形式で作成された、空を飛ぶ鳥の目から見たように見える地図の一種です。
交通機関の発達により、明治後期から観光旅行が格段に増え、観光ガイドとしてまた観光PRとして鳥瞰図、観光絵葉書も多く作られました。
今回の展示は、米子工業高等学校の山道俊哉先生が長年かけて収集された、山陰地域の鳥瞰図と当館所蔵の関係資料を紹介するものです。当時の世相や様子がうかがえ楽しめる展示です。

  • 開催期間 平成26年10月5日(日)〜10月31日(金)
  • 場所   島根県立図書館 特別研修室、1階時計下展示コーナー
  • 共催   鳥取県立米子工業高等学校建築科 山道俊哉教諭
  • 内容例  ・島根県鳥瞰図  1930(昭和5) 
         ・関東大震災全域鳥瞰図絵 1924(大正1)   大阪朝日新聞社
         ・日本鳥瞰中国四国大絵図  1927(昭和2)


郷土資料ミニ展示コーナー No.25 ※終了しました

明治40年山陰道行啓写真

明治40(1907)年5月、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰道(鳥取、島根)行啓がありました。この行啓を記念して同年に、写真帖が出版されました。この写真帖(撮影嘱託;大野写真館)の原板と行啓日誌など関連資料を紹介します。

開催期間 平成26年7月4日(金)10月1日(水)

行啓御日程

5月10日  東宮御所御出門  新橋停車場御発車(臨時汽車) 〜 名古屋停車場御着車
      (御泊)名古屋離宮

5月11日  名古屋離宮御出門  名古屋停車場御発車(臨時汽車) 〜 新舞鶴停車場御着車
      (御泊)舞鶴水交社

5月12日13日  舞鶴軍港御滞留

5月14日  舞鶴軍港御発艦(軍艦鹿島)〜 美保関御着艦(御假泊)

5月15日  境港御上陸(御馬車に召換へ直に御発)
       西伯郡米子町御着
      (御泊)鳳翔閣

5月16日  米子町御滞留

5月17日  米子町御発(臨時汽車) 〜 東伯郡倉吉町御着
      (御泊)飛龍閣

5月18日  倉吉町御発(臨時汽車) 〜 鳥取市御着
      (御泊) 旧鳥取藩主池田侯爵別邸(扇邸) *仁風閣

5月19日〜20日  鳥取市御滞留

5月21日  鳥取市御発(臨時汽車) 〜 西伯郡米子町御着(馬車に御召換へ直に御発)
       能義郡安来町御着
      (御泊) 安来町尋常高等小学校

5月22日  安来町御発 〜 松江市御着
      (御泊) 松江市御旅館(旧城内) *興雲閣

5月23日〜25日  松江市御滞留

5月26日  松江市御発
       御昼餐 八束郡宍道村木幡久右衛門邸
       簸川郡今市町御着
      (御泊)遠藤嘉右衛門邸

5月27日  今市町御発 〜 杵築町御着
       御昼餐 男爵千家尊福邸
       杵築町御発 〜 今市町御着
      (御泊)遠藤嘉右衛門邸

5月28日  今市町御発
       御昼餐 田儀村尋常高等小学校
       安濃郡大田町御着
      (御泊)安濃郡立農業学校

5月29日  大田町御発
       御昼餐 邇摩郡役所(大森)
       邇摩郡大家村御着
      (御泊)大家尋常高等小学校

5月30日  邇摩郡大家村御発
       御昼餐 波積村尋常高等小学校
       那賀郡江津村御着
      (御泊) 江津尋常高等小学校

5月31日  那賀郡江津村御発 〜 濱田町御着
      (御泊)子爵松平武修別邸

6月1日〜3日 御滞留 濱田町 *3日以後の予定を変更

6月 3日  午後三時 軍艦鹿島御乗艦(御假泊)

6月 4日  濱田港御発艦(軍艦鹿島)〜 隠岐国御着艦(御假泊) 

6月 5日  隠岐国御発艦(軍艦鹿島) 〜 舞鶴軍港御着艦(御假泊)

6月 6日  新舞鶴停車場御発車(臨時汽車) 〜 福知山停車場御着車
       御昼餐 歩兵第二十旅団
       福知山停車場御発車(臨時汽車) 〜 京都停車場御着車
      (御泊)二條離宮


   山陰道行啓録


   皇太子殿下島根県行啓日誌


   島根縣写真帖

展示写真を入れ替えました。
下の4点を展示中です。

資料ミニ展示コーナー No.24 ※終了しました

堀尾忠晴書状 二通

堀尾忠晴は、出雲松江藩第2代藩主。堀尾忠氏の長男。堀尾吉晴の孫。
慶長9年(1604年)忠氏が早世したため幼くして跡を継ぎました。そのため祖父の吉晴が後見役を務めました。
慶長16年(1611年)吉晴が死去後、忠晴を名乗りました。忠晴は寛永10年(1633年)に死去しましたが、子がなく堀尾宗家は三代で断絶しました。

忠晴関係の文書は残っているものが少ないのですが、この「堀尾忠晴書状 二通」は永くコレクションとされていたものです。この書状は、2通とも多木殿宛で贈答の礼と内向きのことを書いた親展扱いのものです。多木殿は男女不明ですが、書面から推察すると出家した叔母に仕えた女性のように見受けられます。

郷土ミニ展示バックナンバー一覧

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    TEL:0852-22-5742